マイルストーン:鉄道や道路における起点から中間地点の距離を表すための標石。
本連載は、ゲストの方々にクリエイター人生の中でのマイルストーンを、時期・場所・出会った人の3軸から掘り下げていただくインタビュー企画です。
第1回の今回は特別編として、「OUR FEEL」にて新連載『ふつうの女の子』がスタートする蒼井まもる先生と、蒼井先生が敬愛するいくえみ綾先生のスペシャル対談が実現!
全4回にわけて、お二人の「マイルストーン」をお聞きしていきます。
第1回:「わたしのマイルストーン」第1回 蒼井まもる×いくえみ綾 スペシャル対談① - OUR FEELブログ | OUR FEEL(アワフィール)
第2回:「わたしのマイルストーン」第1回 蒼井まもる×いくえみ綾 スペシャル対談② - OUR FEELブログ | OUR FEEL(アワフィール)
キャラクターはブレたらダメ
-蒼井さんはマイルストーンの時期前後でマンガとの向き合い方が変わられて、伝える難しさにも直面したということでしたが、いくえみさんの場合はいかがでしたか。
いくえみ 私は自分のマンガについては、考えなくても読めるものでいいと思っているんです。「ああ、おもしろかった」と本をとじたらおしまい。計画性がないから、プロットが全く作れないんですね。描く時はネームを1から始めて順番に描いていって、30ページなら「はい、30ページ」と終わる。だからコンセプトも何も決めていないんです。
-何度うかがっても、その創作過程を魔法のように感じます。
いくえみ でもそうやって自然に描いていたら、ある時から読者の反応として、女の子が嫌なやつだと言われることが増えたんです。蒼井さんのお話ともつながるんですが、私としては性格が悪い人を描いたつもりはまったくなくて。「こういう人ってこういうこと言うよね」「みんな、ちょっとこんなこと思っているよね」と描いたつもりが、「性格が悪い」と言われて驚いたんですね。そういうところもマンガっておもしろいなと思うんですけど。
-フィクションのリアルさと嫌なやつの表象って、何か近いところにあるのかもしれませんね。
いくえみ そうですね。本当にあることをそのまんま描くと、嫌なやつに見える。素敵な部分だけを描くと、ファンタジーの人間だということになる。
蒼井 そうなんですよ!
いくえみ 私自身はあまり夢みたいなことを考えないタイプなので、日常で見聞きしたことを思い出しながら描くんです。リアルさを重視しているつもりはないんですが、私にはそれしか描けない感じがします。
蒼井 私は編集さんから「こういう男子はどうですか?」とアドバイスをいただくことがあるんですけど、「いいですね」と言って描いていくうちに全然違ってしまうんです(笑)。だって、「この人はこういうこと言わないだろうな」と考えていくと、作者といえども勝手に動かせないんですよ。女の子の成長にフォーカスすると、強引すぎたりSすぎる男性を好きにならないよねとも思うし。……実は、私もプロットができないんです。ネームを切った時に初めてそこに人が現れる感覚があります。
いくえみ ああ、よくわかります。とにかくキャラクターはブレたらダメなんですよね。私はそこだけは頭の中にきちっとあるんです。描きたいストーリーに沿わせてキャラをデザインしたりとかは全くできないんですけど、「この人がこういうセリフを言うはずがない」という部分だけはわかっている。だからそうならない範囲で描く。入り込むんじゃなくて、上から俯瞰する人なんでしょうね。
蒼井 いくえみ先生のマンガの中でも特に好きなのが、『バラ色の明日』[1]最終話の「灯(あかり)」なんです。父子家庭で育った女の子が、恋をして家から出ていくまでのお話なんですけど、読みすぎてその巻はボロボロで。主人公の彼氏の鳥居くんが大好きなんですけど、彼以外も全員「実はこんなことを考えていたんだ」と納得できるセリフがあって、次は何を言うのかドキドキします。親子で黙って歩くシーンの空気感もたまらなくて。できれば記憶をなくして新鮮に読みたいから、しばらく置いては手に取る、をずっと繰り返しています。
場所をよく知っていると、「あの時の気持ち」が明確に絵の中に入る
-次は〈場所〉としてのマイルストーンを伺います。「ここがあったから今クリエイターを続けていられる」という特別な場所を教えていただけますか。
蒼井 15歳から「別冊フレンド」編集部にお世話になってきて、担当編集さんは何度か変わっているものの、どの方もすごく親身になってくださったんですよね。私はクソガキだったから、恋愛にうつつを抜かしてマンガが描けなくなったり、別れたってなると泣きついたり、本当にひどかったんですけど(苦笑)。「OUR FEEL」でもやっぱり編集さんに支えていただいていますし、編集さんたちがいてくれたからこそ、マンガを描いてこられた。場所を概念的な「居場所」と考えるなら、マンガ家である私にとって、編集者の方々との関係は欠かせないマイルストーンでもあるなと思いますね。
いくえみ 私は家かなあ。家族の協力がなかったら、こんなにずっと、のほほんとできていないですよね。今は姉がマネージャー代わりで、ごはんも作ってくれています。実は私は一人暮らしをしたことすらないんですよ。3日間だけ家を出たことがあるんですけど、すぐに帰っちゃいました。みんなの中で一人でいるのは好きなんですけどね。
-いくえみさんのマイルストーンは、作品の舞台にもなっている出身地の北海道かなとも思っていました。
いくえみ 北海道も大きいですよね。「東京に出てこないの?」と言う人もいたけど、私が東京で一人暮らしをしてマンガを描けるわけがないです。そういえば、若い時に無理して東京の話を描いたら、「えっ、これ東京だったんですか?」と驚かれたんです。「何が違ったんだろう。ちゃんと瓦屋根も描いたのに」と思ったら、「雪の日に傘さしてない」と言われて、バレるもんだなと(笑)。
蒼井 私は生まれも育ちも愛知県なんですが、思春期のことを描くことが多いので舞台は育った街になりがちですね。場所をよく知っていると、「あの時の気持ち」が明確に絵の中に入るんですよね。
いくえみ 『あの子の子ども』の冒頭、冬の空気感がすごくきれいでしたよね。寒い感じ。「あれ、この作者の方は北国の人なのかな」と一瞬思ったけど、足元を見て「スニーカーだ、違う」とすぐにわかりました(笑)。
蒼井 バレてますね(笑)。「OUR FEEL」で始まる新連載の『ふつうの女の子』も、主人公の子ども時代から描くのでやっぱり舞台は愛知です。
取材日:2024年12月20日
インタビュー・構成:横井周子
[1] 『バラ色の明日』“いろんなカタチの愛”を描く短編連作シリーズ。1999年、第45回小学館漫画賞少女部門受賞。
🪐蒼井まもる 新連載🪐
『ふつうの女の子』はこちらから!
ourfeel.jp

『別冊フレンド』(講談社)にてデビュー。主な著作は『あの子の子ども』『恋のはじまり』『さくらと先生』(以上すべて講談社)ほか。『あの子の子ども』は第47回講談社漫画賞・少女部門を受賞、2024年のアイズナー賞 ティーン向けベスト出版の最終ノミネート作品となった。
「OUR FEEL」にて『ふつうの女の子』連載中。

北海道生まれ。
1979年『別冊マーガレット』(集英社)でデビュー後、時代にマッチした名作を多数発表し、幅広い読者層を魅了し続けている。『バラ色の明日』で第45回小学館漫画賞を受賞、『潔く柔く』が第33回講談社漫画賞少女部門を受賞した。大の愛猫家。
「OUR FEEL」にて『猫のいるウチ便り』連載中。