マイルストーン:鉄道や道路における起点から中間地点の距離を表すための標石。
本連載は、ゲストの方々にクリエイター人生の中でのマイルストーンを、時期・場所・出会った人の3軸から掘り下げていただくインタビュー企画です。
第1回の今回は特別編として、「OUR FEEL」にて新連載『ふつうの女の子』がスタートする蒼井まもる先生と、蒼井先生が敬愛するいくえみ綾先生のスペシャル対談が実現!
全4回にわけて、お二人の「マイルストーン」をお聞きしていきます。
第1回:「わたしのマイルストーン」第1回 蒼井まもる×いくえみ綾 スペシャル対談① - OUR FEELブログ | OUR FEEL(アワフィール)
本当に自分が好きなことを描き始めたら、すごく楽しかった
-10代半ばでデビューしたおふたりですが、「ここがクリエイター人生のマイルストーン(ターニングポイント)だった」という〈時期〉は、いつ頃でしたか?
いくえみ ターニングポイントが思いつかないくらい、好きなマンガをただ描いてきただけなんです。家族も協力的だし、周りの友達もみんな応援してくれたし。特に最初は本当に子供だったから、読者の反応も考えずに好きなことを描いて、それが偶然にも受けていたらしくて。当時の担当編集さんもそういうことを言わない方で、アンケートの存在も知らなかったんです。本当に、ただ描いてましたね。
-たんたんと。
いくえみ 高校を卒業する時に、ちょっと絵が上手かったので、美術の先生から「お前、マンガ家なんかひと握りの人間しか続けられないんだから、美大に行け」と何度も言われたんです。でもやっぱりマンガしか描きたくなかった(笑)。そういう勉強もしとけば後で役に立ったかなとも思いますが、結局変わらずに続けてきました。
-「変わらない」と仰りながらも、いくえみさんは作品ごとに新しい表現に挑戦されてきたようにも感じます。作品におけるマイルストーンはありますか。
いくえみ 連載するからには人気を取らないとダメなのだ、とわかってきてからは「こういうマンガが売れるんじゃないか?」と考えながら描いていたんですけど、ある時、それが本当にイヤになったんですね。「これは私が描きたいものじゃないよな」と。「もういいや」と開き直って、100ページの読切りをもらった時に好きな話をひたすら描いたら、それがなんか、すごく楽しかったんです。100ページあるのも「こんなに描ける!」とうれしかった。案の定、アンケートは全然ダメでしたが、そこからやっと本当に好きなことを描き始めた感じはありますね。
蒼井 どの作品ですか?
いくえみ 20代初め頃に描いた『10年も20年も』[1]という読切りです。ちょっと高揚しながらネームをやったのを覚えています。
-4人の高校生を描いたひと夏の物語ですよね。最後まで読むとタイトルにもぐっときます。
いくえみ あのマンガでは、冒頭に出てくる「大きらいだよおまえなんか」という主人公のモノローグの意味を最後にひっくり返したんですよね。そこが気に入っています。女の子側の気持ちもずっと描かずに、一番最後に初めて明かして……。自分でも「これは新しいんじゃない?」とワクワクしました。
出産してすぐの離婚。あの時、自分も生まれ直した
-蒼井さんのマイルストーンはいつ頃でしたか。
蒼井 創作と生活は切り離せないので実人生の話になりますが、私の場合、本当に何も考えずに生きてきちゃったんです。就職については早くにマンガ家になったので悩むこともなかったし、「大人になったら好きな人とは結婚するものだ」「結婚したら子供を産もう」みたいな感じで、流されるままに生きていたんですね。今思えば、社会の空気に乗っかっていただけだったのかなと思うんですけど……。ところが実際に子供を産んでみたら、当時の夫の浮気が発覚して、すぐに離婚したんです。そこで生まれて数ヶ月の子を抱えて、「えっ、何?」と思ったんですよね。「私、今何してるんだろう? なんでこうなっちゃったんだっけ?」と考え出して、初めて自我が芽ばえたんです。育児の勉強をしていて性教育を知ったりもして、私がずっと既存の価値観に迎合してきたことと性教育の問題はつながっているんじゃないかとも思いました。
-恋愛やセックスの先を想像したり、世間で「良い」とされていることが本当に自分の求めているものなのかを考えるには、やっぱり色んな知識が大切ですよね。
蒼井 そこから、娘や、恋愛に憧れを持っている少女マンガ読者の女の子たちに、ちょっと長く人生を歩んできた女性として伝えられることがあるんじゃないかと考え始めたんです。それがきっかけで『あの子の子ども』[2]を描き始めたので、転機は離婚だったのかなと思います。
いくえみ そうやってお話を伺ってみると、スタートは似ているけど、その後は私たち、ほぼ逆かもしれない。私はずっとフラットで、蒼井さんは生活に大きな変化があって。
蒼井 でも、あの時自分自身が生まれ直した感覚もあって、今はすごく楽しいんです。あれがなかったら多分『あの子の子ども』も描けてないし、今いくえみ先生にもお会いできてないと思うし、必要なことだったなと。あっ、元夫のことは一生許さないですけど!(笑)
-創作にも変化はありましたか?
蒼井 マンガの描き方自体は変わらないんですけど、描きたいテーマが変わりましたね。『あの子の子ども』は、初めて明確に伝えたいことがある作品でした。伝える難しさもそこで知って。反響を頂けたぶん、もどかしさを感じることや悩むことも多かったです。
いくえみ どんなことが伝わりづらかったですか?
蒼井 たとえば、主人公の彼氏の宝くんは、少女マンガのファンタジーだとすごく言われたんです。妊娠もののマンガではこれまでにもたくさん男性側が逃げ腰になる描写があったので、宝は別のタイプ、一種のロールモデルとして描いたんですね。実際に多くの若年妊婦さんを取材してきて、若い家族としてしっかり生計を立てている方たちもたくさんいらっしゃるんです。伝え方について、私自身もっと考えなきゃいけないなと感じています。
いくえみ そこで生きてくるのは、やっぱり宝のお母さんだよね。自分も若い頃に中絶の経験をしていて、福と宝の「産んで育てる」決断に反対していて。
蒼井 そうなんです。だから理屈は通っているつもりなんですけど……。伝えたいことをちゃんと伝えるってすごく難しいですね。
取材日:2024年12月20日
インタビュー・構成:横井周子
[1] 『10年も20年も』 高校1年の夏、不登校の問題児・江口(えぐち)が学校に現れてそれぞれの思いが動き出す。コミックス『ベイビーブルー』収録。
[2] 『あの子の子ども』「高校生の妊娠」をテーマに、16歳で妊娠した福(さち)と恋人の宝(たから)、そして周囲の人間模様を描く。2023年第47回講談社漫画賞少女部門受賞。
🪐蒼井まもる 新連載🪐
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『別冊フレンド』(講談社)にてデビュー。主な著作は『あの子の子ども』『恋のはじまり』『さくらと先生』(以上すべて講談社)ほか。『あの子の子ども』は第47回講談社漫画賞・少女部門を受賞、2024年のアイズナー賞 ティーン向けベスト出版の最終ノミネート作品となった。
「OUR FEEL」にて『ふつうの女の子』連載中。

北海道生まれ。
1979年『別冊マーガレット』(集英社)でデビュー後、時代にマッチした名作を多数発表し、幅広い読者層を魅了し続けている。『バラ色の明日』で第45回小学館漫画賞を受賞、『潔く柔く』が第33回講談社漫画賞少女部門を受賞した。大の愛猫家。
「OUR FEEL」にて『猫のいるウチ便り』連載中。