作家さんやゲストの方々、編集部員がわたしの「すきなもの」について語るリレー連載。
多くの人々がなにかに熱中することが、身近な光景になったこの頃。
「すきなもの」も、それに対する気持ちも十人十色。
それを語り、共有することでわたしたちの気持ちが見えてくるかも?
バナーデザイン:惣田紗希

今回は、『133cmの景色』を連載中の漫画家・ひるのつき子先生がOUR FEELに初登場!
ひるの先生が「ぜひ語りたい」と持ってきてくださったのは、理想の恋人として現れた高性能AIアンドロイドとの3週間の同棲生活を描いた映画『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』。
ラブコメディのような楽しさがありながらも、何度も見返したくなるような問いを投げかけてくれる作品です。
語りはじめると、話題は結婚や出産、家族との関係、孤独との向き合い方へと広がり、そして気づけば「自分の人生をどう受け入れていくのか」という、今を生きる“私たち”自身の話にもつながっていきました。
※本記事は映画終盤の展開に一部触れています。

■「あれは何だったんだろう」と考え続けてしまう映画
編集:ひるの先生にとって、『アイム・ユア・マン』はどんな映画でしたか?
ひるのつき子(以下、ひるの): “忘れられない映画”です。ずっと「あれって何だったんだろう」と考え続けてしまう映画なんです。どこかに引っかかり続けて、定期的に思い出してしまう。
編集:確かに、私も2021年の公開当初と、2026年の今観たのでは、感じ方がまったく違う気がします。アンドロイドと恋愛をするというラブコメっぽいかわいらしい場面もあるんですけど、「孤独って何なんだろう」「誰かと生きるって何なんだろう」と、観終わったあとも考え続けたくなる映画でした。
ひるの:主人公・アルマは、ベルリンの博物館で働く学者で、独身で子どもを持たない中年の女性。そんなアルマに自分と重ね合わせて観るところもありつつも、特に忘れられないのはラストシーンです。
観た人の解釈にゆだねる「オープンエンド」な終わり方になっているから、人によってかなり捉え方が違うと思うんです。
だから、この映画を通して、「孤独との向き合い方」について誰かと話したくなるんですよね。
■孤独な女性には、なぜか妹がいる
ひるの:この映画を観て気づいたことのひとつに、孤独な女性を描いた作品って、不思議と妹がいることが多い気がするんです。しかも、その妹と仲がいいことが多い。アルマにも妹がいて、妹には子どももいる。つまり、血のつながりはどこかで続いているんですよね。
編集:確かに、「完全にひとり」ではない。きょうだいが仲良ければ高齢になっても支え合えるし、仲が悪かったとしても甥っ子姪っ子が助けてくれるかもしれない。
ひるの:そうです。だから逆に、「じゃあ本当に孤独な人はどうしたらいいんだろう」って考えてしまった。
私は、この映画を観ながら、自分自身の家族のこととか、老後のこととかもすごく考えちゃいました。
誰かと生きるって、結局どういうことなんだろうって。
■「トム、欲しいですか?」
編集:研究施設の“理想の伴侶”実証実験でアルマと同居することになるトムは、全ドイツ人女性のデータとアルマ自身の好みをもとに作られた高性能AIアンドロイドです。
ひるの先生は、自分専用に最適化されたトムのようなアンドロイドがいたら、ほしいと思いますか?
ひるの:私は欲しいと思ってしまうかもしれません(笑)。老後まで一緒にいられるし、介護や死別の苦しみを考えなくていい。そう思うと、かなり魅力的な存在ですよね。
編集:私も最初、ほしいと思ったんです。
孤独よりはマシだし、会話もできるし、自分を否定しない。でも、映画を観ていて印象的だったのが、アルマが一度は心を通わせたあと、逆にトムの存在に虚しさを感じていたことでした。そう考えると、私は逆に無理かもしれないと思い始めて。会話だけなら心地いいと思うんです。でも、人間が本当に求めているのは、自分とは違う人生を生きてきた他人なのかもしれない。
まったく違う価値観や経験を持った人が、それでも理解しようとしてくれること自体に喜びがある気がして。
ひるの:それはわかります。
アルマも最初は、完全にトムを“モノ”として扱っているんですよね。ゲストルームと言いながら、実質物置みたいな場所で寝かせたりして、「冷たすぎないか!?」と思ったんですが(笑)。でも、実験生活の中で、次第に変わっていく。アンドロイドなのに、確かに心が通った瞬間が訪れるんですよね。
■「一人で生きること」と「誰かを求めること」
編集:人間とアンドロイドでありながら次第に心を通わせていく2人ですが、ラストシーンまで見終ったあと、私はアルマに「自分で自分を受け入れられた」という心地よい爽やかさを感じました。
アルマはトムと過ごすことで、鏡合わせのように自分自身と向き合ったんじゃないかと思ったんです。トムはどこまでいってもアルマに最適化された存在だからこそ、トムとの時間は、自分と対話する時間でもあったんじゃないかなって。
ひるの:なるほど。私はまた違った見方をしました。
アルマは“理想の伴侶”の実証実験に「パートナーとして認めない」という結論を出しますよね。トムって最初は、ロマンス小説みたいな台詞を並べて恋愛的なアプローチをしてくるじゃないですか。でもアルマと過ごすうちに、彼女の好みや反応を学習して、少しずつ変わっていく。
その果てに、一度はアルマに拒絶されるのに、処分されるために帰るのではなく、遠く離れた“アルマの思い出の地”で再会する。それは、トムがアルマに最適化した結果であり、アルマが心のどこかで望んでいたからこそ実現したようにも見えるんです。
つまりアルマは、トムを“パートナー”としては認められない。でも、「そこにいてほしい」という気持ちまでは捨てきれない。そう考えると、この映画って「一人で生きること」を肯定しながらも、同時に「それでも誰かを求めてしまう人間」を描いている気がして。その矛盾が、すごく人間らしいなと思いました。
編集:うわぁ……鳥肌立ちました。
■必要だったのは恋愛ではなく、「連続性」だった
ひるの:トムがあの場所に現れたのも、アルマとの間に積み重ねてきた時間があったからですよね。
一緒に過ごして、お互いを知って、少しずつ心が近づいていった。
最初は「アンドロイドなんてありえない」と言っていたアルマが、トムと少しずつ心を通わせていく。その過程には確かに何かが積み重なっていたし、私はあれを本物だったと思うんです。
だから私、アルマはそういう“連続性”の大切さに気づいていったんじゃないかなと思っていて。
編集:確かに。連続性って、人間同士にしか生まれないものだと思っていました。でも、この映画を観るとそうじゃないと思える。
ひるの:実はこの映画、最初に「未来を築くには過去が必要」という言葉が出てくるんですよね。アルマが研究している楔形文字も、古代から人間がどう意思を伝えてきたかという歴史に関わるものですし、父親の家が強盗に入られるシーンでは、「写真一枚でさえ価値があって大切なもの」だと言っていたり、ヒントが散りばめられているように思います。
そしてアルマ自身にも、ずっと抱え続けてきた過去がありますよね。
アルマの「あなたがいないと、ただの人生だもの」という台詞はとても印象的なのですが、最初は心を通わせられたトムに向けた言葉だと思っていたんですけど、観返していくうちに、トムの「それを愛と呼ぶのでは?」という返事も含めて、こうした“抱えてきた過去”そのものに向けた言葉のようにも思えてきたんです。
だから彼女は、失ったものも、叶わなかったことも含めて、自分の人生なんだって思えたんじゃないかなと。その不完全さをもって私は人間として在るんだ、というか。喪失さえも過去からの連続として受け入れて、不完全なまま抱えながら生きていくところに至ったのかなと解釈しました。
だから、そこに必ずしもトムとの恋愛関係は必要じゃないというか。
編集:つまりアルマは、最後は孤独を受け入れたということなんですかね。
ひるの:私は、「孤独だと思わなくなった」のかもしれないと思いました。
孤独を恐れなくなった、と言い換えてもいいかもしれない。でも、もっと言うと、そもそも孤独ではなかったのかもしれない。
人間ってそもそも不完全なものだよね、ということが、この映画では細かな描写の積み重ねで表現されていて。だから“ままならなさを含めて抱きしめるべき自分の人生なんだ”ということなのかなと思うんです。
編集:うわー…!そう考えると、アルマの生き方や、この作品から受け取れるものって、すごく希望ですね。
■私たちはまだ、「幸せの正解」から自由になれない
編集:とはいえ、アルマは過去の恋愛や人生の選択について、大きな喪失を抱えている人物ではあるじゃないですか。これを自分事として考えると、私だったら、そういう喪失のきっかけになった相手のことを引きずったり、憎んだりしながら生きてしまう気がする。
ひるの:(笑)。アルマにも、思い描いていた人生はあったんじゃないかなと思うんです。結婚とか、子どもを持つこととか、そういうものも含めて。だからこそ、トムが「君の年では妊娠は難しいだろう」「自分の父親のように孤独になるのが不安なのかも」と言い当てる場面はグサッと刺さりました。あれ超アンドロイドっぽかったですよね(笑)。「そんなストレートに言うなよ!」って思った。
編集:ひるのさんから見たアルマのように「ままならなさを含めて自分の人生だ」って思えたとしても、やっぱり幸せという形に囚われてしまう自分もいるんです。正しい正しくないではなくそれぞれの選択なんだけど、無意識に自分から縛られてしまうのは社会通念なのか、本能なのか…。
ひるの:両方かもしれないですね。今って、「どれを選んでもいいよ」って言われる時代じゃないですか。でも、まだどこかで結婚して子どもを持つ人生が王道ルートに見えてしまう。私もそういう固定観念から自由になりたいと思っているし、そういう作品を描き続けたいとも思います。でも、ジレンマもあります。
編集:分かります。でも今回、ひるのさんの着眼点によって、アルマが何に気づき、何を大事にしてきたかが分かった気がします。そう考えると、アルマって30代や40代の希望なのかもしれないですね。私も彼女のように強くなりたいな。
■人生の目標は「ゆるい友達」を作ること
編集:ここまで、『アイム・ユア・マン』を通して、孤独との向き合い方について語ってきました。私が最近思っていることでもあるんですが、今後に向けて「ゆるい友達」をいっぱい作りたいなと思っていて。
ひるの:めちゃくちゃ分かります、私もちょうど考えていることです。
だけど実際は、フットワークが軽い方でもないし、時間もないしで、なかなか難しい…!
編集:毎週会うような友達じゃなくてもいいんですよね。生存確認をし合ったり、何かあったときにちょっと支え合えるようなゆるい友達でよくて。
ひるの:ほんとそう思います。よく「深い友達が数人いればいい」と聞くことがあるのですが、私は歳を取れば取るほど逆だなと思っていて。浅いつながりでも大事にした方が絶対にいいと思うんですよね。そういう意味ではアルマは研究室のメンバーや家族はいたけど、自分の感情を気軽に共有できる、さらけ出せる友人がいたらよかったのかも。
編集:確かに。そして人生の目標が一緒ですね、私たち。
ひるの:記事の最後に「友達を探してます、お友達になってくださる方はXまで」って書いておいてください(笑)。
編集:友達がいることの大切さという、すごくいいところに着地しましたね。孤独と向き合いながらも、人と人とがお互いの歴史の一部になっていくこと。その連続の中で生きていくことに、少し希望を持って考えられた時間でした。今日は素敵な映画を紹介してくださって、ありがとうございました。

販売元∶アルバトロス
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2016年に『アリスの楽園』(講談社)でデビュー。現在、新潮社「月刊コミックバンチ」にて『133cmの景色』を連載中。そのほかの作品に『ノスタルジヰをもう一度~大正結婚物語~』(めちゃコミック)、『煌めく星の吸血島』(祥伝社)などがある。
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